鴫野神社をお参りしようとしたら・・・

前回は、彦八まつりのために訪れた生國魂神社(生魂さん)で、境内にある11の末社のひとつ、「鴫野(しぎの)神社」をお参りしようとして境内の奥に足を向けたところで終わりました。
 
ちなみに「鴫野神社」は淀君も熱心に通ったと言われている神社で、美人といわれる市寸島比賣神や大宮賣神、そして淀姫神がご祭神とのこと。
江戸時代に大阪城に異変が起こった際、淀殿の崇りと考えられ、鴫野の弁天島(現在の大阪ビジネスパークあたり:以前勤めていた特許事務所のあるところ)に淀殿を祀る祠を建てたのが始まりとされています。
 
その後明治10年(1877)にその土地が砲兵工廠の建設用地となり、現在の場所に移転したそうです。
 
女性の守護神として、特に縁切りや縁結びに強いご利益があるとされていて、女性の心身成就も叶えてくれると信じられています。
 
「悪縁を断って良縁を結ぶ」といえば京都の安井金毘羅宮が有名ですが、鴫野神社も縁切り・縁結びに強い神社として有名であることを、わたしは今回初めて知りました。
 
こちらの鴫野神社の絵馬は「心」の文字に鍵がかかっている絵が描かれていて、「心に鍵をかける、自分の心は自分で守る」という意味なのでしょうか、とても斬新で印象的です。
 
さて、その鴫野神社をお参りしようとして境内の奥に向かった時、端の方なので少し人も少なくてゆっくりした空気の流れる一角がありました。
 
テーブルに座ってビールを楽しんでいる方たちもいらっしゃいます。
 
並んでいるテントにふと目をやり、「?!あ!」と思いました。
 
そこにはさっき蔦屋書店で買った「天下一の軽口男」の文字が。
 
おお!
 
まあ、確かにこちらでこの本を売っていてもおかしくないのです。
 
なんて言っても、このお祭りの名前にもなっている上方落語の祖、米澤彦八が主人公なのですから。
 
大阪の国立文楽劇場でも、三浦しをんさんの「仏果を得ず」(傑作。文楽を見たくなりますよ)を売っていますし。
 
「蔦屋さんでサイン本買っちゃったからな〜」
 
と思いつつテント内をよくよく見ると。
 
いや、まさか。
 
いやいや、絶対にそうでしょ。
 
「軽口男」の黄色い半被をきて立っているその人は、今年の2月29日に「咲くやこの花賞」の受賞式でお見かけした「天下一の軽口男」の著者、木下昌輝さんだったのです。
 
「あのー、木下さんですよね」
 
「はい、そうですが」(いきなりそう聞かれたので「知り合いかな?」と思われたそうです)
 
「わたし、今年の『咲くやこの花賞』の授賞式、行ってたんです!」
 
「ああ!」
 
「あの時のお話がすっごく面白かったです!
 
あの時に、木下さんが『これから米澤彦八のことを書いた本が出ます』っておっしゃったのを覚えていて、彦八まつりのことを聞いて、木下さんの本のことを思い出しました。
 
本当は今日ここに来る前に木下さんの本を読んでから来たかったんですけど、読めてなくて。
 
今日ここに来る前に蔦屋さんで「天下一の軽口男」買って、途中まで読んでるところなんです!
 
しかもサイン本があったんです〜(と鞄から本を出す)」
 
興奮のあまり、わたしが一気にまくしたてると、木下さんも
 
「本当ですか〜!?ありがとうございます。あ、お名前入れますよ」
 
「うわー、ありがとうございます」
 
とっさに職場のIDを鞄から出すと、木下さん、サイン本のサインの上にわたしの名前をフルネームでいれてくださいました。

ここで終われば美しいのですが、実はこの後に穴に入りたい出来事が。

続きは次回。

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